むしゃくしゃしちゃったサミーと、それをなだめるお兄ちゃんなディーンのお話
(アダムとイブみたいに楽園で二人過ごしたいと望むサムと、それを受け入れてあげるディーン)
S5あたりで薄暗い感じです
イチジクの葉はアダムとイブがつけてるやつです
盛大な破壊音と共に、木製のテーブルや椅子が粉々になる。
テーブルの上にあった皿やグラスなんかはすでに粗方床や壁に叩きつけられて無惨な状態だったので、彼が感情をぶつける相手は最早家具だけしか残っていない。
恐ろしい剣幕の彼に、すでに客も店の主も逃げ去り、店には破壊のみに集中するサムと、それを眺めるディーンのみが残されている。
次から次へと標的を変えて繰り返される破壊の中、ディーンは呑気に酒を煽っていた。
(盛大にやるなぁ、サミーのやつ…)
場末のバー、それもかなり小さな店だが、此処は屋外であるし彼らの隠れ家でもない。普段は必要以上に理性的な彼が、これほど理不尽な暴力をひけらかす様は珍しいどころではなかった。
それでも、そんな破壊行為の中でも、サムはディーンのいるテーブルには手をかけようとはしない。無論、物を投げ捨てる際にもディーンのいる方向に物が飛んでいくこともなかった。だからディーンは、荒れ狂うサムを肴に酒を楽しんでいる。
そして、ディーンのテーブルに置かれたボトルが空になった頃、ようやくサムは破壊行為を止めた。否、止めざるを得なくなった。バーにある物はすべて壊し切ってしまったのだ。
衝動のままに動いていたサムは息を切らし、壁に背を預けたと思えばずるずるとその場に座り込んでしまう。グラスの破片が散らばっていたが、そんなことはサムにとって気にするようなことではなかった。大体、グラスの破片が飛び散っていないところなど、ディーンの側だけだったので、今はディーンに近寄り難かったサムには、何処だとて一緒だった。
「……すっきりしたか?」
あれだけ盛大にやったんだ、と仄めかせたディーンの口調はからかいまじりだ。けれどサムは鬱々とした様子で、ゆるく首を横に振った。
座りこみ己の頭を抱え込むようにくしゃりと髪を握るサムは、まるで母親に怒られるのが嫌で隠れている子供のようで、ディーンは何だか可笑しくなった。
子供の頃のサムは可愛かった。それこそ目にいれても痛くないという表現ぴったりに、ディーンは弟を可愛がった。愛情というものが数値で測れるのならば、きっと父親よりその愛情は大きかっただろう。
母親は早くに亡くなり、父親も不在がちだったサムの為に、ディーンはその両方の役割をも負った。
子供の頃のディーンはいつだってサムの我儘を叶えてやったし、願いを聞き入れてやった。それは彼がサムを溺愛していたということもあるが、何よりサムが非常に“良い子”であったからだ。サムは悪さどころか悪戯もしない、聞き分けの良い子だった。
だからディーンにはサムを怒る機会がなかった。無論子供特有の好奇心のせいでサムが危険を冒せばそれを窘めたが、今のように怒られるのを怯える仕草を、サムが子供の頃に見せたことはあまりなかった。
(今の方が手のかかる子供みたいだぜ、まったく)
「サム、サーム…」
立ち上がり、ディーンはサムを呼んだ。じゃり、と靴底が何かを踏みしめる音がしてサムはぴくりと肩を震わせる。やはり子供のような彼にディーンは、サミィ、とひどく甘ったるい声色で呼びかけた。
恐々とサムの顔が上がる。サムの瞳が不安と、行き場のない怒りとを掻き混ぜたような色を写し、それが揺れる様は美しかった。
ディーンはサムの前にしゃがみ込み、サムの少し長くなった前髪を撫でつける。そうすれば、サムのその美しい瞳が見やすくなると思っただけだったが、サムは何を考えたのかそのままディーンの手を取って唇を奪った。
唐突な行動だったにも関わらず、ディーンはすぐに応じる。微かに口を開き、入り込むサムの舌を吸った。無駄に経験の多いディーンは、こういう事にかけては巧い。けれどその舌技が使われたのは最初のそれだけで、後はサムの好きなようにさせていた。今サムが求めているのは、淫らな口淫などではないとディーンは理解していたのだ。
「ん、っは……。どうした、何が不満だ?」
サムがキスを止めるとディーンは下唇をぺろりと舐めて、その淫媚極まりない仕草とは裏腹に、まるで子供の癇癪を宥めるような優しい声色で問うた。
サムは落ち付くどころかさらに感情を昂らせたようで、床に拳を叩きこむ。木製の床はみしみしと軋み、ばきっと音を立ててサムの拳が直撃した部分は陥没した。
しかしディーンはそんなことはお構いなしだ。何せ先程までそれ以上に暴れ狂っていたサムを見て楽しんでいたのだから、この程度可愛いものにしか彼には写らないだろう。
相変わらず優しげに自分を見つめ、サミー、と囁くディーンに、サムは観念したように吐露し始めた。
「……時々、すごく嫌になるんだ」
「最終戦争のことか?」
「違うよ。全部さ。…ディーン以外の全部」
サムの目に浮かんでいた負の感情が消える。代わりに滲んだのは、狂おしいまでの愛情だった。
一種の狂気であるそれを、ディーンは一身に受ける。それを、その感情も含めてディーンがサムを疎ましいと感じたことはない。むしろ自分は愛されているのだと実感し、サムのその狂気に安堵していた。
だからサムが、ごめん重いよね、などと早口に告げても、ディーンには戯言のようにしか感じない。
馬鹿だな、そんなことない、と噛み締めるようにディーンが答えてやればサムは小さく笑う。そしてディーンを引き寄せ、己の腕に抱いた。
サムより幾らか小さいディーンの体はすっぽりとその中におさまり、サムは馬鹿みたいに安心した。包み込んでいるのはサムのはずなのに、そうされている気分になった。
「こんな風に何もかも壊して、兄貴と二人だけの世界になればいいのにって思うんだ。その為なら、ルシファーに体をくれてやってもいいとさえ思う。……わかってる、こんなのは間違ってる。だけど時々どうしようもなく壊したくなる。兄貴が…ディーンだけが僕の世界にあればいいと」
「サム…」
神を愛しすぎたが故に地獄に堕とされた天使ルシファー。
サムの語る言葉はまさしく、ディーンたちが追い求める強大な敵の言葉そのままだった。
“神だけを愛している。他には何もいらない。人間など、神以外の何ものも愛せない”。
“ディーンだけを愛している。他には何もいらない。ディーン以外の何ものも愛せない”。
あの白いスーツを来た未来の彼の姿と重なって、ディーンは心中で否定した。
そう、ルシファーは己の愛を信じ貫こうとしているが、サムはそれを否定し止まっている。求めるものを求めるだけ奪ってしまえる悪魔とは違うのだ。
「………。なんだよ、お前、新世界作ってアダムとイブでも演じたいのか?」
サムの耳元でディーンが言う。からかわれたサムは心中で肯定し、その後、僕らは役者に向いてない、と軽い声色で返した。
ディーンはサムの本音を悟ったが、それを口にするほど愚かではなかったし、またそんな事を考えてしまっている弟を、やはり愛していた。
ちゅ、と耳の後ろに唇を押し当てて、ディーンはサムから離れた。サムの体温は安心するのでもう少しそのままでいたかったし、さらに言えばこの場でセックスしたって良かったのだが、時間が迫っていたのだった。
唐突に暴れ出したサムを恐れて出て行った客や店主が、そろそろ警察を伴って戻ってくるはずだ。器物破損に営業妨害。二つの罪状を考えれば、この場に留まっているのは得策ではない。
たとえ店主がどれほど慈悲深く、訴えを起こさないとしても。(この惨状を見るに、それは絶対にないだろう)
それに警察云々より、ディーンの我慢が限界だった。こんな排他的な風景(そうしたのは紛れもなくサムだけれど)に、サムが座りこんでいることに。
「…早くずらかろう」
「わかった」
随分と冷静さを取り戻したサムは静かに返事をし、立ち上がった。
途端見上げるようになってしまった弟の横顔は、それでもまだ少しの感情のぶれが見てとれて、ディーンはそれを誤魔化すように弟の愛称を呼ぶ。
「なぁ、モーテルに戻ったらセックスしようぜ」
「…………」
「いいだろ?ファックしてくれよ、サミー」
「………無事戻れたらね」
にやにやと笑いながらわざと下品な言葉遣いをするディーンに呆れつつ、指摘しても余計に面白がるだけだと知っているサムは溜息をつきながら頷いた。
これがディーンの不器用な慰めなのだとサムは知っている。だから断らない。
ジェシカの時もそうだった。彼は何も言わなかった。だけどいつだって側にいて、サムの弱音も罵声も静かに聞いてくれた。普段は何かにつけてサムを弟扱いして茶化すくせに、そういう時だけディーンは黙する。
「あぁ、そうだ、サム」
店を出る時になってディーンが、言い忘れていた、と背後のサムを振り返る。サムが目の前の兄を見下げると、彼は意地悪く笑った。
「俺はイチジクの葉は御免だぞ。なんかあれ、痒くなりそうだ」
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