ノーマンが食堂へ行くと、見たことのない男がテーブルの隅に陣取っていることに気付いた。この建物内の人間は全員知っているノーマンにとって、それは興味深い存在だった。知らない人ということもそうだけれど、彼の容姿はとてもハンサムだったからだ。
ノーマンは彼を一目見て気に入った。だからすぐに昼食のトレイを持って彼の向かいに無遠慮に座り、ちらと視線をくれた彼へ極上の笑みを浮かべてみせた。
「ハイ、僕ノーマン。君の名前は?」
「……。ショーン」
ほんの少しだけ驚いたような顔をしたが、ショーンはすぐに笑った。
ハンサムな彼が笑うともっとハンサムになった。どうしてこんなところに来たんだろう、とノーマンは不思議に思ったけれど、そんな質問はもっと後でしようと決めた。はじめの質問はもう決まっていた。
「ねぇ、僕とセックスしない?ちょうどこの時間ならトイレも空いてるし」
ショーンは皿に盛られた麺をフォークにくるくる巻いて、それを口の中に入れた。4、5回ほど噛んで咀嚼し、彼は不味そうな顔をして水の入ったコップへ手を伸ばす。
ここで出る麺は腐ったゴムみたいな味がするので誰も食べない。それを知っているノーマンは、ショーンが水を飲む姿を眺めた。誰もが通る道だよね、うん、なんてことを考えていた。
「悪い、俺いま幻聴が聞こえたみたいでさ。もう一回言ってくれ」
どうやら麺を食べて水を飲む間ずっとノーマンの発言について思考していたらしい。
ショーンがそう言うので、先程の言葉をノーマンはそっくりそのまま繰り返した。本気で自分の聴覚の不具合を期待していた彼は、繰り返された言葉に項垂れる。
ノーマンはとても可愛い顔をしていたので、その彼の口から“セックス”なんて単語が出てくるのはまるで悪夢だとショーンは思った。
「……それって此処の新人イビリなのか?それとも冗談?」
「僕はいじめなんかしないよ」
「じゃあ冗談ってことにしてもいいかな」
「冗談は好きだけど、僕はセックスのほうが好きかな。もしかしてショーンは男と寝たことないの?」
ショーンは放心していた。まさか出会って2言目に「セックスしよう」なんて誘う奴がいるとは思わなかったからだ。冗談でもなんでもなく。
ノーマンはテーブルに身を乗り出すと、ねぇしようよ、と誘った。これで3度目だ。
ショーンはフォークを握ったまま頭を抱えたが、そんな姿もノーマンの目にはハンサムに映って、ノーマンは、あぁ早くセックスがしたい、とうずうずした。いや、ムラムラしていた。
「ショーン、ね、お願い」
「……ノーマン、悪いけど俺はお互いのことをよく知らないうちはセックスしない主義なんだ」
「そんな主義捨てちゃえばいいのに。つまらないよ。そうでしょ?」
「どうかな。こういうのは人ぞれぞれだ」
唇を尖らせたノーマンにショーンは笑顔を浮かべた。
ショーンはやっぱりハンサムで、ノーマンは誘いを断られたことにとてもショックを受けた。こんなにハンサムなのに僕とセックスしてくれないなんて、とわけのわからないことを考えながら立ち上がった。
テーブルをぐるりと回って行くのが面倒になったのか、ノーマンは自分の昼食のトレイを横にどけるとテーブルに片膝をつき、身を乗り出すとショーンの唇を奪った。ノーマンの舌が入り込んでくる感触を感じたショーンは、甘いくちづけに目を閉じる。ノーマンのキスは、ここが食堂だとかそんなつまらないことはすべて忘れてしまえるくらい、とてもとても甘美だった。
「っ…ん、」
ぷは、とノーマンが唇を離す。唾液で濡れたノーマンの唇はエロティックだった。
ノーマンの目は欲情に潤み、ショーンが童貞ならばとてもじゃないが直視できる代物ではなかった。ショーンはいまだかつて、これほどに自分が童貞でないことを喜んだ瞬間はない。それほどノーマンは美しかった。
「ショーン、もう一度きくけれど、僕とセックスしない?」
「君はとても魅力的だけれど、俺は主義を変えるつもりはないよ」
「……オーケイ。じゃあショーンのお望み通り、プラトニックなお付き合いから始めよう」
「そうしてくれ」
肩を竦めるショーンの頬を撫で、ノーマンはテーブルからおりた。
彼のほんのり赤くなった頬を、可愛いな、とショーンは思った。きっとセックスの最中の彼はとても可愛いのだろうな、とさえ思った。行き過ぎた想像にショーンは頭を振った。
ショーンの妄想など気付くはずもないノーマンは自分の唇をぺろりと舐め、ショーンに囁くようにして秘めやかな口調で言う。
「もう少しお互いのこと知り合ったら、その時は僕を抱いてね、ショーン」
約束だよ、と笑ったノーマンは、昼食のトレイを置き去りにして食堂から出て行った。
ショーンはその後ろ姿を眺め、やれやれ、と溜息をつく。呆れからくるものではなかった。そう、言葉にするのなら。
これからの監獄ライフが楽しみでしょうがなくなってしまった!
ということだ。
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