ひとまずもういっこの日記にあげたSPN
5年後設定で 弟←兄←天使(誰も報われない
薄暗いです
『私は人間だった。それは戦う者だということを意味している』 ゲーテ
「―――電車が参ります。ご利用のお客様は、黄色い線の内側でお待ち下さい」
来るはずのない電車のアナウンスが流れた。数年前まではお決まりのセリフだったそれを、何処か遠くに聞きながら、彼は簡単に黄色い線を跨いで、もう一歩踏み出せば線路へ落ちるだろう位置で止まった。
クロアトアンウィルスが蔓延してしまったこの世界では電車など無用の長物でしかない。利用客も駅員もいないのだから当然だ。
安全だと定められていた線を越えた彼は、まさに死を覗き込んでいる。ヘイゼルグリーンの美しい瞳が見据える線路の上には無惨な死体でも転がっているのか、その顔色は酷く悪かった。
「飛び降りたって死ねやしないよ」
彼の後ろから、ほんの少しだけ嘲りを含ませた声が上がった。
人間味のある、柔らかで無神経な口調。数年前には「人間らしくしろ」と言って仏頂面をからかっていたはずだが、人間らしくなった天使には苛立ちしか感じなかった。
人間になってしまった天使は、いまや人間以上に堕落している。禁欲的だったトレンチコートはすでに脱ぎ捨て、己に宛がわれたコテージで薬と女に溺れきって滅多に顔を見せない。
その天使が何故だか背後に立っている。その事実は少なからず彼に驚嘆を覚えさせた。けれど振り返ることはなく、彼は線路を見つめたまま、「そんなつもりじゃない」と簡素に答えた。
「まぁ此処に居続ければクローツになるだろうけど」
天使は冷めきった口調でさらりと言葉を吐き出す。叱責も悲哀も感じさせないそれは、天使自身の虚無を表していた。力も、進むべき指針も失った天使には特別なものが何も残っていない。空っぽの器。そして、それは彼自身にも理解出来た。彼も同様だった。
「でも君はそれを望んじゃいないだろ?」
彼は答えない。沈黙を肯定として受け取った天使が小さく笑う。
彼の望みを天使は知っていた。けれど天使には、それを捨てさせることも、叶えてやることも出来なかった。天使には、ただ彼の側を離れないという約束しか出来なかった。まだ僅かにも恩恵が残っていた頃に、身勝手に誓ったそれを天使は覚えている。
彼は黙りこんだまま、薄暗い線路を見続けていた。線路の先には何があるのか考えて、どうせ行き止まりだと答えを出す。自分たちの置かれた状況と同じだと彼は考えた。
人類が生き残る道などすでに断たれているのだと、彼はすでに諦めてしまっている。いや、彼らの強大な敵が完全復活を遂げた瞬間をはじまりだとするのなら、彼ははじめから諦めていた。
彼には敵を倒すことなど出来ない。それは彼が天使たちに見限られたからでも、敵があまりに強大すぎるからでもなく、ただひたすらに彼が弟を愛しているからだ。
「―――はやく、ルシファーの居場所を知りたい」
「……………。あぁ、そうだな」
やっと放った彼の言葉に天使は目を伏せた。耐え忍ぶように口元を引き結んだその顔は、数年前の仏頂面に似ている。
彼を迎えに出る前に薬を飲んでいてよかったと天使は自分に感謝した。薬でハイになっていなければ、きっと今自分は泣いてしまっていただろう。
敵の本拠地を知って、彼がどうするのか天使は知っていた。だから天使は、その瞬間が少しでも遅くなればいいと思った。けれど同時に、早く訪れて欲しいという願いもあった。
「この戦争を、はやく終わらせよう」
嘯いて、それを固めるように「ああ」と彼が嘘の上塗りをした。
戦争は終わらない。救世主として君臨するはずだった彼が死に、絶望の中残された僅かな人類たちが戦いを引き継ぐ。
彼の望みはそういうものだ。愛する弟に殺されるという、罪深い欲望。
彼が救世主などではなく、ただただ悲しいまでに人間であることを、天使だけが知っていた。
彼は人間だった。それは戦う者だということを意味している
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