煙草を切らしたが、その時たまたま持ち金が少なかったコナーが、ちくしょう、空から金降ってくりゃあいいのに、と呟いた。横を歩いていたマーフィーは足元の小石を蹴ってから空を見上げ、ひらりと舞った紙を見て目を丸くした。
紙はマーフィーの視界から消えて、コナーの足元に落ちた。コナーはそれを拾い上げ、興奮気味に歓声を上げた。彼が手にしたのは、空から降ってきた紙幣、だった。
―――そんなことがあったものだから、コナーの願いはきっとすべて叶うんだろうと、マーフィーは思っていた。
つまり世界はコナーとマーフィーのために回っている
平日は低賃金だが楽しい職場で働き、日曜日には教会を訪れ、ボストンの廃ビルに不法占拠しているコナーとマーフィーは、ぼろぼろのマットレスの上に寝転がっていた。
目は覚めているがまだ体を起こす気になれないマーフィーは、同じように怠惰な雰囲気を醸し出す兄を見つめた。
コナーはマーフィーの視線に気づくと目元を緩ませる。それだけでマーフィーはとても幸せな気分になって、年甲斐もなく我儘な弟になってしまうのだ。
「コナー、俺、お腹すいた」
「あぁ、俺もだ」
コナーはマーフィーが目を覚ます随分前から起きていたから、食欲という生理的な欲求はマーフィーより強く感じている。それでもコナーがマットレスから動かなかったのは、可愛い弟が目覚めた時に自分に向かって微笑むことを知っていたからだ。
「目玉焼きが食べたい。カリカリにしたベーコンも」
「卵は昨日使っちまった」
「食べたい」
コナーの言葉を無視してマーフィーは言った。その口調は、材料である卵がなかろうと何であろうと、コナーは自分の願いを叶えるべきだと主張していた。
大人になっても我儘な弟の顔をしているマーフィーに、俺の弟はなんて可愛いんだ!と今にも叫びたくなるのを我慢しながら、コナーは頷く。わかってる、のサインにマーフィーは目を輝かせた。
マーフィーは知っている。コナーが願えば何だってどんなことだってコナーの思い通りになるのだと。ある時降ってきた紙幣のように、今回も卵が歩いてやってくるのだ。
「ふふ、」
「何が可笑しいんだ?」
「だって、卵が歩いてくるんだ。足が生えてる卵なんて可笑しいだろ?」
文字通り卵が歩いて来る図を想像したマーフィーはとても楽しそうに笑った。
マーフィーが一体どうして足の生えた卵を想像するに至ったのかコナーは不思議だったが、マーフィーが楽しそうにしているのなら、そんなことは大した問題ではなかった。
問題なのは卵だ。足が生えているものでなく、正真正銘ただの卵。これを買いに出て、お腹を空かせた弟に食べさせてやるまでにどれくらい時間がかかるのか。コナーにはそれがとても重大な問題だった。けれどそれは、次の瞬間には解決された。
「よう、ブラザーズ」
コナーでもマーフィーでもない声がして、二人は今日初めてお互い以外に視線を向けた。
部屋の入り口には紙袋を持ったロッコがいて、彼は空いている片手を上げると、にっと笑う。
ようロッコ、と言いながらも訝しげなコナーの視線を感じながら、ロッコは紙袋をゆっくりテーブルに下ろした。テーブルの上には空きビンや吸殻でいっぱいの灰皿があったが、ロッコはそれを綺麗に避けた。
「卵とベーコン貰ってな。ほかにもチーズとか…」
ロッコの言葉を聞いたマーフィーは口をあんぐりと開け、ロッコの持ってきた紙袋とコナーを交互に見やった。
あまりのタイミングの良さにコナーは爆笑する。コナーはひぃひぃ言いながら起き上り、ロッコの背中を思い切り叩いて、最高だ、と叫んだ。
状況が飲み込めないロッコだったけれど、二人の楽しげな雰囲気に流され、結局一緒になって笑った。
PR