6年だ。彼のことを物語として書くまでに6年かかった。
それは俺が6年もの間ひたすら執筆していたとか、そういうんじゃない。こう言ってはなんだけれど、6年というのは、彼のことを語るための心の整理が出来るまでにかかった年数だ。そして同時に、彼を記憶に留めておくことが次第に難しくなってきたことを表す歳月だ。
俺は彼との思い出を綴り、最後のピリオドを書き終えてすぐにアメリカを発った。そして、飛行機を操縦して最後の挿絵の場所へ向かった。
かえってきた おうじさま
アフリカの砂漠に着いた時、そこはちょうど夜だった。
俺は飛行機から毛布を引っ張り出し、B-612を見上げる。
人の住んでいる地域からほとんど千マイルも離れている場所はやはり静かだった。6年前はその静寂がひどく自分を孤独にさせたのに、今はそれがちょうどよかった。
彼と出会う直前の状況とほとんど一緒だった。それから、彼と別れた瞬間とも、似ていた。
きみと別れたくない。俺は彼にそう言った。3度繰り返しても、彼はいつもと一緒でいまいち噛み合わない返事をして、結局星へ帰っていってしまった。
あの時何と言っていれば、彼は此処へ残ったのだろう。今更考えても詮無いことだ。
俺は6年前に出会った彼が話してくれた奇妙な大人たちと、やはり同じだったのだろうか。そんなことを考えながら、俺は砂の上に寝転がって星を見上げていた。
その時だ。
「驚いた。きみ、まさか此処に住み始めたんじゃないだろうね」
俺は雷にでも打たれたように飛び起きた。何度も目をこすって、目の前に現れた人物を見つめた。彼だった。6年前、俺のもとを離れていった彼がいた。
多くの疑問が頭をよぎり、俺はしばらく何も言えないでいた。やっと口がきけるようになって、こう尋ねた。
「どうして、もどってきたんだ?」
「……。ねえ、きみは此処に住み始めてしまったの?」
彼は真剣な眼差しでこちらを見据える。
こちらのことなどお構いなしで、自分の疑問だけをぶつけてくる彼は、6年経とうとまったく変わっていなかった。俺の質問など聞こえないふりで、ねぇ、と言う。
彼が俺の質問に答えたことなどないと思い出して、俺は少々困ってしまった。彼に会えたことはとても喜ばしいことだけれど、俺の疑問を解消するまでに時間を要するのが易々とわかったからだ。
「いいや、住んでいないよ。此処へは、少し前に着いたばかりだ。ほんの少し前の話さ」
「僕、君を探そうと思っていたから、君が此処に来ていてくれて、ちょうど良かったよ」
「なんだって?俺を探す?」
俺は思わず聞き返した。彼が俺の質問に一度も答えてくれたことなどないのにも関わらず、そう言わずにはいられなかった。
彼はひとりきりで生きていて、その孤独を紛らわすように誰かへ身を寄せるのだけれど、哀しいかな、ひとりきりで生きることに長けている彼はコミュニケーションを取る術を知らない。故に自分の知りたいことだけを知ってしまうと、相手の疑問など気にもせず何処かへ立ち去ってしまうのだ。
彼が話してくれた、俺と出会う前の大人たちにしたように。そして俺にしたように。
そんな彼はふんわりと笑うと、君に会いたくて、と言った。驚くべきことに、俺の質問に答えたのだった。俺が口をぽかんと開けていると、彼は噛み締めるように続ける。
「会いたかったんだよ。僕、色々な星を旅して色々な人に出会ったけれど、地球で出会った君のことが、どうしても忘れられなかったみたい」
きらきら光る彼の瞳がいっそう輝いた。そう思った時には彼の目から涙が零れた。
彼は真っ直ぐ俺を見すえて、ほろほろと静かに泣く。6年前の彼が泣いた時はもっと煩くて、俺は彼を守ってやらなければならないと思った。今もその思いは変わらずあるというのに、俺はどうしていいかわからなくて彼を見返すだけだった。
「星を捨ててきてしまったんだ」
彼はそう言って、頭上にあるB-612を見上げた。また彼の目から涙が零れる。
砂漠の真ん中にオアシスが出来るんじゃないだろうかと思うくらい、彼は乾いた砂を濡らしていた。彼の涙で出来上がったオアシスはきっと何よりも美しく輝くだろう。
もう一度きちんと彼を見ると、彼は右手で薔薇の入ったケースを持ち、左手で黄色く変色した紙を持っていた。彼の友人と彼の家畜だとすぐにわかった。
それが、彼の星から持ち出せるものすべてだった。
「きっともうすぐあの星は消えてしまう」
あそこにはあるのは火山と、バオバブだけだ。彼が持てなかったものがそこにはあって、それらはいずれ朽ちてしまうだろう。星を管理していた彼がいなくなってしまったから。
あれほど愛していた―――いや、いまなお愛している星を、彼は捨ててこの地に戻ったのだ。俺に会うためだけに。
6年前に消えてしまった彼が、俺に会いたくて戻ってきた。その事実は俺の頭を混乱させ、俺は思わず彼の体を引き寄せた。
彼の涙で濡れる肩口や、彼のぬくもりを感じて俺まで泣きそうになった。彼が此処にいるのだ、そう実感した。
「俺も会いたかった」
俺の腕の中で震える彼を逃がさないように、力を込めて強く抱いた。
うん、と彼が頷く。
戻ってきた。6年の歳月をかけて、星の王子様は戻ってきたのだ。
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